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神秘的で美しい水色と淡いピンクの空模様
​プロフィール

子どもの頃からエンパスの傾向の強かった私は、常に周りの考え、希望を無意識に感じ取り、先回りして行動するようなところがありました。

いつも恐くてたまらず、自分のすべてに自信がないけれど・・・、喜んで欲しくて、受け入れてほしくて、なんとか応えようとする。

でも、必死にそうあろうとしていても、うまくできていない気がする。そして本当には愛されていないと感じてしまう。いつもくたくたで、心の奥で誰かや何かののせいにしては、感謝が出来ない自分を否定し、無価値感に苦しんでいました。

本当の気持ちというものもよくわからないまま、十代の終わりに摂食障害を発症し、結婚や出産を経て、人間関係や子育てで悩みながら社会の中で「普通でいなくちゃいけないのにいられない、弱くて醜いだめな自分」を、自分でどうにかしたくて学び始めたスピリチュアルな世界。

今から14,5年前の事です。

「魂の目的」がわかったら・・・「自分の使命」がわかったら・・・なにかが変わるかもしれない。

子育てをしながら必死に学び、実践し、ヒーリングやフラワーレメディ、レイキ、セラピーなどを学び、スピリチュアルの世界でもいろいろな経験をさせていただきました。こんな自分でも、誰かのお役に立てるのなら。

ヒーリングに助けられ、新しい考え方やツールに助けられ、大きな歓びや気づきを得ると同時に、当時も溢れかえっていたスピリチュアルな情報の中で示される「夢のようなユートピア、愛と光だけの世界」に同調できない部分が、自分の中にあることを感じていました。

何度セッションを受けてもワークを続けても、そういった自分の中の暗さを拭い去ることができず、あふれ出るどうしようもない恐れにも疲れ果てていきました。

そこまでする必要はないのに。そんなに自分を責めなくてもいいのに。もっと自分を愛して、人生を楽しんだ方がいい。

多くの方に繰り返しお伝えいただいたけれど、楽しむということがわからない。

無防備に近づいてゆくのに、愛が謳われている場所にも怒りや力、痛みや暗闇が感じられ、結局怖くて心を開くことができませんでした。勝手に傷つき、それでも開こうとするけれど・・・私は「応えること」ができない、そんな罪悪感や自分への恥の意識をいつも抱えていました。

望まれたことができないのなら、無意識にできることを。

心を捧げ、痛みや闇を吸い込み、共感し尽くして注ぎ、自分を閉じて縛る。苦しいけれど、そのほうがどこか自分にふさわしいような気がして安心できた。そうして、自分がいつか見えなくなって、祈りそのものになってしまえばいい。

それは愛ではなく、単なる自己満足、自己憐憫や逃避であったのかもしれません。自己犠牲は利己でもあると今は感じますが、そうすることがここに自分の存在できる意味を得ようともがいていたのだと思います。周りの方には自由を選び魂を生きることを勧めながら、自分自身には禁忌として厳しく禁じていました。

何度も諦め、投げ出したい、逃げ出したいと思った道ですが、どうしても引き戻されてしまうのはなぜだろう。

 

Arganzaの流れを汲むサロンに出会い、学びなおし、エネルギーワークを受け、自分の魂の歴史、記憶の一部が紐解かれてゆく経験をしてゆく中で、今までこうであるべきと取り組んできた霊的な学びに対する考え方や姿勢がひっくり返ってゆく経験をしました。

とまどいながらも、どうしようもない恐れの意味、自分をひたすら責めて傷ませてしまう理由が少しだけ感じられてきたことで、自分を眺める違った視座の意識が生まれてきました。感情的に反応をし続けるのではなく、進化を選ぶという在り方についても、「道」を生きるということにも、一歩ずつでもシフトしていきたいと感じられるようになりました。

 

小さな心で何かを望もうと望むまいと、大きな宇宙の天海のなかに在る自分というひとつの星屑が存在できていることや、すべてがシステムとしてもっと大きな計画に基づいて動いているということについて、頭で理解はできなくてもなにかが開けてゆくような感覚を抱きました。

小さな私は、肉体や感情だけではない、高次のシステムによって構成されているエネルギー的、霊的な存在である。

そして、記憶や傷を抱えながらも私は今に在り、選び創造した世界のすべてに、こんなにも愛され、赦され、守られている。

高次は、最善のタイミングで常に与えてくれている。そしてどこまでも深く愛し信頼し、悠久の時を待ってくれている。

​そして真の私は、おそらく、本当はそれらをすべて知っている。

感謝という言葉だけでは表すことができない、純粋な祝福、愛のようなものがこんこんと湧いてきました。

​混じりけなく愛を注ぎ、ひたすら与え、赦し続けてくれている大いなる宇宙と存在たちに、今私は何を返せるのだろうか。

そして、学びを進めていたある時私はハイハートに湧き出る聖なる泉を授かることになり、いつしかそれが瀑布となって、自分の魂の歴史にリンクした流れを運んできたのを知りました。

永い永い、本当に気の遠くなるような永い旅の途中。

その夢のような流れのなかの、ある一つの小さな扉の前に立った、今の私。

エネルギーヒーラーとしてご縁のある方に、ご縁のある場所に、かつてのお約束、お勤めが果たせることを願って。

 

 

「ゆめをみていたと思えばいいんだよ。わずかな間だったけど、楽しいゆめを。」

 

私たちがみている、この壮大な夢の中で、あなたはおそらく、なにかを求め

なにかを決めて、何かを抱えたからこそ今ここに存在しています。そうだとしたら・・・

 

あなたは今再びなにを選び、どう生きるのでしょう?

本当に見たいものはなに?

耳を澄ませたい音は?

​思い出したい言葉はどこに?

 

 

私もまた、同じ問いを自分に、投げかけ続けています。

 

 

この美しい言葉をくれた愛すべき猫型のロボットにも感謝を。

 

​​

LORAN Academy of Healing LORAN セラピストコース修了

LORAN Academy of Healing LORAN ヒプノセラピストコース修了

LORAN Academy of Healing LORANフルデトックストリートメントセラピストコース修了

LORAN Academy of Healing Teacher of Relax Work修了

LORAN Academy of Healing Teacher of PRO-Course Ⅰ修了

LORAN Academy of Healing Teacher of PRO-Course Ⅱ修了

LORAN Academy of Healing Teacher of PRO-Course Ⅲ修了

LORAN Academy of Healing Teacher of PRO-Course Ⅳ修了

Angel Lightworker Training Course

Angel Healing Facilitator Training Course

臼井レイキプラクティショナー

カルナレイキ®プラクティショナー

ライタリアンレイキマスター

SSRセキムセイキムレイキプラクティショナー

Arganzaエナジーワーク インテンシヴ マスターコース修了

Arganzaレコンセクレーション™プラクティショナー(プラクティショナーとして以下も同様)

Arganzaブルーソーマ™伝授

Arganza太陽のトリニティ™伝授

Arganzaモナディックレインボー™伝授

Arganzaサンダルフォン ニュートリション

​Arganzaマイトレーヤ トリニティ

Image by Sime Basioli

ハイハートの聖なる泉について NOTE記事より抜粋

私は紆余曲折を経て、昨年からあるエネルギーワークの学校で一年間の学びに取り組んでいました。
様々なことが起きてくる、ごく一般的な普通の日常を送る中で、課題に取り組み、自身の浄化に努めるという生活を送っていました。

それらの取り組みについては、なぜか私の内側で「〇〇年の○月までに準備をする」というような個人的な期限に近いものにが決められていたため、理由はわからないながらもその日時を指針にスケジュールを設定するという形におさまって、なんとか過ごしてきました。


それがいったいなんだったのか。
占星術で言われるような個人的、もしくは宇宙的なひとつのタイミング、または魂が設定してきた何らかのリズムなのかもしれませんし、高次の意図とも言えるのかもしれませんし、そういった頭のなかで並べられるような理由はないのかもしれません。
そして私は期限に合わせるように、段階を経て、あるエネルギーを授かることになりました。

このエネルギーについては、おそらく数万年単位で遡るような私の個人的な過去生や、集団としての体験にも由来した作用があるように感じられていますが、いただいたものをどのように使わせていただくか・・・ということを決めかねていました。

自分だけにとどめておくことができる性質のものではないとわかっている。
それも多くの存在にお渡ししないといけないもので、おそらくそれが今回生まれてきた理由のひとつでもある・・・。

折しもライオンズゲートが開いているというこの時に、私は内側に湧き上がるビジョンに蓋をせず、勇気を出してそのままに表現してみることにしました。

私が授かったエネルギーはハイハートに存在する聖なる湧水によって表現されており、怒涛のような瀑布によって対象の「穢れを祓い、浄め、清めさる」という性質を持っているもののようでした。
そこには赦しの水色の光、地母神に由来するような金色(こんじき)の光も含まれているようで、常に変化し続けており、対象によって自動調整され、最善の状態が送られるものらしいと感じられています。

「授かった」と表現しましたが、私はその聖なる瀑布の吹き出し口のひとつにすぎません。

聖なる泉について
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